
2022年に始まった東京証券取引所の市場区分再編と、2023年の「資本コストや株価を意識した経営」要請は、日本企業に対する資本市場の評価軸を根底から書き換えつつある。上場基準の形式整備にとどまらず、上場後の行動変容を促す枠組みを構築した点において、これは単なる制度改革ではない。企業の収益性と資本効率が問われ、PBR(株価純資産倍率)1倍割れ企業には、資本コストや低PBRの要因といった情報の開示と改善策が制度的に求められる時代が到来した。
本稿では、企業買収やアクティビスト対応の助言を手掛けるQuestHub(クエストハブ)の大熊将八氏が、東証改革の展開をたどりながら、PBRと資本コストを軸とした企業価値評価がどのように制度化され、株主との対話や経営者の説明責任を変容させたのかを検証する。静かに進行する「市場主導の経営改革」が、企業の支配構造や戦略選択にどのような影響を及ぼしつつあるのか、その構図に迫る。
資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応
市場区分見直しの実効性向上に向け、東証は2022年7月、「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」を設置し、市場区分見直し後の施策進捗と投資家評価を継続点検する枠組みを立ち上げた。注目すべきは、上場維持基準に抵触しない企業を含め、資本コストを意識した経営を自律的に促す枠組みづくりが不可欠と強調した点だ。
「全上場会社の約半数がPBR1倍割れの状況にメスを入れない限り意味がなく、その改善に向けて、一歩踏み込んだことを行うことができるかどうかが重要」(市場区分の見直しに関するフォローアップ会議の論点整理、2023年1月30日)として、企業価値向上を動機付ける枠組みについて検討が実施された。
こうした議論を踏まえ、東証は2023年3月、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請を発表。①自社の資本コストと資本収益性を取締役会で把握・分析し、②ROE(自己資本利益率)など数値目標と改善策を策定して取締役会で承認し、③計画と現状評価を投資家に分かりやすく開示する──という三段階の行動をプライム市場、スタンダード市場に上場する全企業に求めた。