
『マネジメント』(ダイヤモンド社)をはじめ、2005年に亡くなるまでに、39冊に及ぶ本を著し、多くの日本の経営者に影響を与えた経営学の巨人ドラッカー。本連載ではドラッカー学会共同代表の井坂康志氏が、変化の早い時代にこそ大切にしたいドラッカーが説いた「不易」の思考を、将来の「イノベーション」につなげる視点で解説する。
精神論で突き進むプロジェクト、現場を無視した独断…組織が陥る無謀な行動は、過去の悲劇に通じている。なぜ私たちは誤りに気付きながら、それを止められないのか。
誰もが遭遇する愚挙の罠
「まさか…」私たちは日々の業務の中で、時に信じられない状況に直面することがある。
会議で唐突に示された、出所不明の数値目標。担当者の異常な熱意や精神論だけで強行される新規プロジェクト。社長と取り巻きで決定される、およそ市場の動向や顧客のニーズとは無関係な戦略。
これらは決して遠い世界の出来事ではない。
そして、たいていは誰もがうっすらと想像した通りに事態は進んでいく。残酷なまでに。独善的なリーダーシップの下、あるいは実質的にリーダー不在の下で、組織全体が黒い空気に取り巻かれ、不合理的な方向へと突き進む。
経営層の一存で開始された新規事業が、ふたを開けてみれば顧客ニーズとかけ離れており、多額の損失を生み出す。あるいは、現場の意見や具体的なデータに基づかず、「必勝の信念」に突き動かされた精神論ばかりが飛び交う。
そもそも成功の可能性に疑問を呈するような発言をしようものなら、厳しく叱責される。怒る方もなぜ怒っているのか分からないし、怒られている方もなぜ怒られているのか分からない。
自身の職場や過去の経験を振り返ってみてほしい。多かれ少なかれ、このような独善的な人物や理不尽な状況に遭遇した記憶があるはずだ。少なくとも筆者は何度か目にした記憶がある。